sasshinoyoberu’s blog

よしのももこ&冊子のヨベル

飽きるまで続く謎連載〈第1回〉

駅の北口の小さいロータリーの先からある程度まっすぐのびている商店街はほんの少しだけ坂、いかにも坂!っていう坂じゃないからあれを坂と呼んでる人にあったことは僕はまだないけど傾きがあることはこのからだがわかっている、のぼり坂、

坂の入り口に果物屋があって、向かいは蕎麦屋蕎麦屋のとなりが不動産屋、ここのウインドウに貼ってある間取り図を見るのが好きだ、その向かいが薬局、薬局と果物屋の間には細長い雑居ビルの入り口がある、中は暗くてよく見えない、中に入ったことはない、薬局の斜め向かいが喫茶店、というかハンバーグとコーヒーの店、看板におしゃれなフォントでそう書いてある、看板はよく見ると手描きで文字のフチにペンキが溜まって盛りあがっている、その向かいは居酒屋で昼間は閉まってる、僕はお酒を飲まないけど何度か晩飯を食べに入ったことがある、いつもホッケの焼いたのと焼おにぎりを頼む、居酒屋の建物は横に長い、そのまま居酒屋の前を通り過ぎて斜め向かいを見ると銀行の白くてでかくて四角い建物があってここから見えているのは裏口、入り口は建物の角を右に曲がったところにある、

坂道の両側に並んでいる店を、視線を両側に行ったり来たりさせながら言葉にしていっているこれは誰なんだろう?誰がこれをしているんだろう?これは報告なのか、報告だとしたらその報告を聞いているのは誰なんだろう?僕はいつも並んでいる店を端から言葉にしていったりはしていない。いつもただ歩いてるだけだ。

僕は銀行の手前に眼鏡屋があることを最近まで知らなかった。そんなに大きくもないけど小さい店じゃない。窓際に置かれた白いすべすべした材質の台の上にいろんな形の眼鏡が並べてあって、ひと目で眼鏡屋だとわかる。今はわかる。でも先週までここに眼鏡屋はなかった。看板に「昭和四十九年創業」と書いてあるし、建物も古い。たぶんここになかったわけじゃない。むしろ僕がこの坂道を歩くようになるよりも前からずっとあった。でも先週までここに眼鏡屋はなかった。それがずっと前からここにあるようになったあのとき、僕はこの店のショーウインドウの左の隅っこに小さいイーゼルに立てかけられて置いてあるあの緑色の本を見た。最初から本だとわかったわけじゃない。ガラスに顔を近づけてよく見たらそれは本だった。眼鏡とはぜんぜん違う。形が違う、材質が違う、たたずまいのなにもかもが違う。緑だ!と最初は思った。よく見たら緑の部分はそんなに多くなくて、黒いインクでなにか絵が刷ってある。あの日はそれ以上じろじろと見たりはしなかった。店の人と目が合ったら気まずいじゃない。視力検査のときはいつだってあの「C」みたいな形のあれ、一番下に並んでる4つのあれが最初からはっきり見えていたから僕は眼鏡屋とは縁がない。何かお探しかな?と思わせてしまっては申し訳ない。不動産屋ならびっしり貼り付けられた間取り図にさえぎられて中からは見えないからじろじろ見ていても安心だ。眼鏡屋の窓にはさえぎるものが何もなかった。