sasshinoyoberu’s blog

よしのももこ&冊子のヨベル

飽きるまで続く謎連載〈第3回〉

いっぷくすんべ、て言う前によ、さっき振り下ろして土ん刺さったまんまの鍬を杖みたいにしてよ、体重かけて腰ぐっと伸ばして、ふっ、いっぷくすんべ、とこうやるけどオレが毎日これやってんの知ってんのはまあオレだけだ誰も見てねえから。あっこのあれ、見えんだろすみっこんとこ、白っ茶けた木のイスと丸テーブル、あれもうずーっと置きっぱでよ、脚の下のほうなんかカビがてんてん、真っ黒んなってっけど別にオレが座るだけだもんかまやしねえ、

しわだらけの、亀みたいな顔のおばあさんがすたすたと畝の脇を歩いていく。おれはそれを目で追っている。おばあさんの首に巻きついた豆絞りの手拭いはいい感じにくたくたで、首のかたちにフィットしている。洗濯とかしてるのかなあれ。

鍬ほっぽり出してここまでくんべ?ここでちっと構えんだイス、壊れんじゃねえかって毎回。こうケツ突き出しながら左の手で左の膝のお皿の上あたりをつかむべ、そんでこっちん手も太ももつかむべ、そのままぐっ、手をこう押し込みながらケツをよ、そろーっとおろしてって座るべ、

テーブルの上に分厚いガラスでできた灰皿が置いてあって、ところどころ赤い文字みたいなのの残骸が見えるけどなんて書いてあったのかはもうわからない。おばあさんは灰皿の横のくしゃくしゃのグレーっぽいかたまりに手を伸ばしてつかむ。指でほじくるみたいにして中身を取り出してからまたぽーんとそれを放り投げる。グレーっぽく見えたのはじつは細かいドットの集まりで、目をこらして見ていると黄色い「7」の文字が浮かびあがってくる。「7」の左脇には縦書きの文字が見える。

MILD SEVEN

前はセブンスターだったんだ、

と言ってからおばあさんは咳き込むとき口に手を当てるみたいな感じで左手で口を覆ってゆっくり息を吸う。人差し指と中指の間に火のついたたばこが挟まっている。吸っているのは息じゃなくてたばこか。少しあごをあげてのどをぐっと伸ばして、もともとしわの中に埋もれていた目は閉じられていてここからはほとんど見えない。ふーっとおばあさんが息を吐くと、鼻からか口からかよくわからないけど煙が噴き出してきておばあさんの顔のまわりにたまっていく。

お医者がせめてマイルドセブンにしとけってうるせえから、

おばあさんはとん、と灰皿に灰を落としてから遠くのほうを見る。おばあさんの視界をビルの群れが遮っている。まだおばあさんの顔にしわがひとつもなかった頃にはビルだってひとつもなかったから駅のほうまで丸見えだった。その頃もおばあさんはここでたばこを吸っていたけどそれはセブンスターではたぶんなかった。今はマイルドセブンはもうない。おばあさんもいない。