sasshinoyoberu’s blog

よしのももこ&冊子のヨベル

飽きるまで続く謎連載〈第4回〉

気配は消えていた。さっきはあったはずだけど建物のすき間の奥、動いていた、誰かが見ていた、僕のことを見ていたわけじゃない。何かが動くのを見ていた、誰かが、でももう、ない。僕はからだの向きを変えてまた坂をのぼる。眼鏡屋どこだっけ、もう一度僕は顔をあげて少し遠くを見る。頭が後ろに傾くのにつられて鼻の両側の筋がひっぱられる。きもちいいな。白い四角、いつものところにちゃんとある。ぎんこう、…ぎんこう?なんだっけこの前カメイキヨシと会ったとき、カメイキヨシから「道わからんようなってもた」ってライン来て僕が今どこ?って返したらカメイキヨシが「わからへん、ナントカ銀行の前」って、あれなんだっけ野菜、銀行なのに野菜、へんな名前笑笑って僕が返したらカメイキヨシ「むかしからあるわ!」って、僕はぜんぜん知らなかった、むかしからあったなんて知らなかった。むかしっていつから?って聞きたかったけどそれはやめた。あのときカメイキヨシはそれどころじゃなかった。カメイキヨシほんとすぐ迷うよなあ道、こないだも渋谷のライブハウスあれ駅から15分もかからないのに1時間経っても来なかったし。誰のライブだったかなあれ、帰りふたりで歩いてたら居酒屋の脇からでっかいネズミが飛び出して来て、僕のバッシュぐらいあった、にじゅうきゅうせんち、

緑色の中に白抜きの文字が見えた、

昭和四十九年創業、―○‐○―、ショーウインドウに白いすべすべした台、いろんな形の眼鏡が並んでる。あのときと同じだ、眼鏡屋は今日もあった、店の中をさっと見る、ショーウインドウのずっと奥に人の背中が見える、切り身の鮭みたいな色のセーターを着ている。背中の向こうにも人がいる。服は見えないけど黒い太い眼鏡をかけてるのが見える。ふたりはしゃべっている。眼鏡の人はまだ僕には気付いてない。鮭の人も気付くわけがない。僕は立ち止まってショーウインドウを見る、左のほう、イーゼルあった。本もあった。緑・黒・白、この前はわからなかったけどこれ、表紙、版画じゃん。下のほうに小さいカードみたいなものが貼り付けてある、何か書いてある、奥で人が立ちあがった。鮭の人だ。僕はショーウインドウを目の中から外しながら歩き出す、石が僕の靴底を押してくる、僕は両手をポケットにつっこんでいる、ズボンのじゃなくてセーターの、ポケットの中で僕の両手はグーになっている。これチョキにする人いるのかな?両手の人差し指と中指を伸ばしてみる、ポケットの内側の布はゴワゴワしている、途中まですーっと滑っていた指にぐっと圧がかかって、手首がポケットの外に押し出される。

さむ、

思うより先に声が出た。手首につめたい風が当たるとそれだけでからだ全部がきゅっとなる。本は、あの本は、いつからあそこにあるんだろう?眼鏡屋があそこにあることになったあのときよりも前からあの本はあそこにあったのか、たぶんあったんだろう、帽子屋のオレンジ色のドアが見える、僕はその向かいのマンションに入る。マンションの入り口にほんの少し突き出したアーチ型のひさし、ひさし?薄いグレーのでっぱりにプレートがはめ込まれている。

ABBEY ROAD

その下をくぐって一歩中に入ったときからすでに暗い。右の壁はレンガのふりをした薄べったいタイルが貼られている。鈍い銀色のポストがたくさん並んでいる。その先にエレベーターがある。僕はエレベーターには乗れない。チン!と鳴ったのが聞こえたから僕はあわててエレベーターの前を通り過ぎる。突き当たりのドアの向こうに階段がある。作業場は3階だから踊り場は3回、ギリギリだ。あと1回、もしかしたら2回、踊り場でターンしたら僕の目は回りはじめてしまうだろう。