sasshinoyoberu’s blog

よしのももこ&冊子のヨベル

聖クロース

わたしが子供のころ、毎年12月25日の朝には枕元に包装紙につつまれた本が置いてあった。本じゃない年もあったかもしれないけど本だった。何の本だったかはいまはわからない。あれが欲しいとか誰にも言ったことはなかったはずだけどそれは毎年届いた。わたしはそれをとても「個人的なこと」だと思っていて、それが届くのは全人類共通の「当たり前」じゃないことも(なぜか)わかっていたから学校で誰かに今年は何をもらったとか自分から話したりしなかった。

我が家は生活費の出納係を父がやっていた。それは母にお金を自由に使わせないとかそういう意地悪からしていたのではない。と思う。その頃の勤め人は給料日には袋に入った現金を持ち帰ってきていて、その大金を安全に管理する自信ないなあとかめんどくさいなあとかとにかく母はわたしあまり向いてない!ってことになって、どっちかっつったら得意なのおれ(父)だからおれやるわ、みたいな感じだったんじゃないか。家の仕事全般を担当していた母が今度あれを買うのにお金がいる、とか学校の集金がいくらいくらだ、とか食費の財布がそろそろ空になりそう、とか父に伝えると父は金庫あるいは金庫的な財布からお金を出して母に手渡す。関係が冷え切った夫婦の一方が自虐的に自分をATM呼ばわりする定型文みたいなのがあるけどそれとは違い、父は物理的にATMをやっていたわけだ。

わたしが中学生くらいだったか、6つ違いの妹がまだ小さかったからたぶん中学生だと思うけど12月のある日、父の部屋に何かをしに入った、本棚から本を借りようとしたんだったかパソコン(MS-DOS)の何かだったか、それかベランダに出るには父の部屋を通り抜けないと行けなかったからか?とにかく何か目的があって父の部屋に入ったわたしはいろいろなものがゴチャゴチャのっかっている父の机の上を何となく別に見るでもなく見て、そこにサイギン(埼玉銀行)だったかあおしん青梅信用金庫)だったかのロゴ入りのメモ帳が置かれているのが目に入った。

食費 30000
ソージキ 10000
サンタ 3000

それを見てわたしはガッカリしたりすることもなくて(なんせ中学生だし)その一番下のカタカナ3文字は普通におもしろかったしそこにはガッカリとかよりももっとずっといろんなことが入っていて、その3文字的な何かに加担する楽しみというのがこの世にあることがそのときわかった。本はいつの間にか届かなくなった。何十年も経ってわたしの家に小さい子供がいるようになって、その子が2歳になった年の12月25日の朝に彼の枕元には包装紙につつまれた箱が置いてあって中身はたしか車両運搬車だった。彼がそれを見つけたときの「わあ、」という感じを今でも覚えている。

何日か前に、わたしと連れ合いがすきで読んでいる山下澄人さんの質問コーナーが更新されていて、「7歳になる息子がサンタクロースはいないと、言ってきました」からはじまる質問に山下さんが応答していた。これ↓
mond.how

これを読みはじめた連れ合いが「まだこれ最初の何行かしか読んでへんけど、」とわたしのほうを見て、「ワイもこれ、サンタ?を本気で信じてる人間がこの世に存在するとかまったくおもってへんくて、さすがにそんなん信じるやつおらへんやろ、だって、言うたらあれやん、桃太郎は実在します、みたいな、そんなん本気で言うやつおるかい!てなるやん、だからももことC君と一緒に生活するようになってはじめてそういう…サンタがプレゼント持ってくる?みたいなんを本気で?とかそういう文化?があるって知ってびっくりした」と言った。C君はせがれの名前。

ところで連れ合いの名前は聖さんというのだけど、「サンタ・クロース」はオランダ語がなまったものらしく「サンタ」は英語でいう「セイント」要は「聖クロース」なので「サンタさん」は「聖さん」であり、ほかならぬ連れ合い自身がサンタさんなのだった。

質問コーナーを最後まで読んだ連れ合いとは「ガメラのくだりはやばい」ということで一致した。