sasshinoyoberu’s blog

よしのももこ&冊子のヨベル

断片小説連続執筆療法の生まれかた

2019年2月7日、連れ合いが午前中の野良仕事で冷え切った身体を温めるべく昼から風呂に入ったはいいけどいつまで経っても出てこない。心配になってのぞいてみると浴槽に沈みそうな体勢で寝ていたので声をかけたら飛び起きた。人間がいちばん冴えているのは眠りと覚醒の境目あたりなんじゃないかと思う。わたしも何かがパッと閃いたりするのはこの境目にいるときが多い。

「ワイ思うけど」
「はい」
「いっつもだいたい、音楽プレーヤー、聴いとるやん? 」
(※ジップロックに入れた携帯プレーヤーを風呂場に持ち込んでいる)
「うん」
「ほとんど、シャッフルプレイで聴いとるって気がついたねん」
「あー、」
「それやったら、最初っからシャッフルプレイのための楽曲作ったらええんかなって」
「?」
「短いフレーズいっぱい作って、それをもう、ランダムに」
「あー、そっか」
「毎回違う順番になる」
「あー、それいいね。おもしろい」
「まあ誰かがもうやってるんやとは思うけど」
「だとしてもいいじゃん。ていうかそれ文章でもできそう」

風呂からあがってコーヒーを飲んでひと息つきながら改めて話す。連れ合いは、作る曲がメロディアスだったりリズミカルだったり、どうしてもドラマチックになってしまうところから外れてみたいと言っていた。それぞれのフレーズを分散すればドラマにならない。確かにそうだ。わたしもそれ、書くときにやってみたかったんだ。

日々のこの、その、あの生活はすべてがいちいちドラマチックなわけではない。なにということもない一瞬が毎瞬毎瞬立ち上がっている、その繰り返し。続いているようでもあり独立しているようでもあり、それを勝手に寄せ集めてとらえたり、気にせず流れていったり。連れ合いが風呂でひらめいたことは、《そのこと》を表現するのにぴったりなんじゃないか? どこで始まってもいいし、どこで終わってもいい。聴く人/読む人がその時々の好きな分量で聴ける/読める。完結することがないので、いつまでも別のフレーズを付け足していける。

お宝を掘り当てたような気持ちになって、ひとりごととおしゃべりの間くらいの感じで「たぶんそれだわ」と何度も言った。

単行本1ページ分の小説の断片をどんどん書いていく。1ページで「ストーリー」が完結するわけでもなく、かといって明確に「前のページから続いて来て、次のページに続いて行く」わけでもない。いつどこで終わってもいいし、ページをシャッフルしてどんな順番で読んでもいい。そういう小説を書いてみたい。かもしれない。

ちょうどその頃、熊本の作家(まとまらない人)坂口恭平さんが新作の長編小説『カワチ』を書いていた。2018年の11月末、鬱が明けるか明けないかのところで新作の直感が降りてきたのを察知した坂口さんは1日20枚を100日連続で執筆して2000枚の長編を書き上げるという日課を始めた。彼が「療法」と呼ぶ毎日の執筆の記録はtwitterで逐一アップされ、その頃にはもう70日目くらいにさしかかっていた。わたしは坂口さんのツイートを常時読んでいるわけではないのだけど、この時期はちょうどフォローして読んでいた。それもめぐり合わせだ。

連れ合いのひらめきと坂口さんの実践。わたしも毎日書いてみよう。とにかく毎日、量を決めて書いていくということだけを決めた。原稿用紙換算ではなく、単行本で組んだときの1ページを1つの断片と考える。いろんな本を見比べた結果、1行46文字×17行で行くことにした。期間は丸一年で、スタートは誕生日の2月19日。書き過ぎないように制限をもうけて、でも、毎日書く。途中で別のものを書き始めることになったり、いろいろ変化しつつも「毎日何か書く」というのは変わらなかったし、そのリズムによって身体が「そういうふう」につくり変えられて行っている自覚があって、楽しかった。原稿用紙として使っている無印良品の方眼ルーズリーフの厚みが日に日に増していくのを観察するのも楽しかった。

確かにこれは「療法」だと思った。坂口さんの処方をそのまま服用するんじゃなくて、わたしの分量を自分で調合していく。つぎつぎ湧いてくるものを詰まらせずに流すための新しい水路を毎日少しずつ掘り進むことで、明らかに身体はらくになった。

他人に読んでもらったり、見てもらうためではなく自分のためにすることです。もし、自分のために満足出来るものだったら他人も満足する筈です。そんなものができたら世間はみのがしません。『人間滅亡的人生案内』
深沢七郎bot (@fukazawa_bot) December 2, 2019

深沢七郎に励まされたりもしながら、毎日毎日、782文字の分量を書き続ける。誰に頼まれたわけでもなく、これを書いたからどうなるものでも、これからこれをどうするわけでもない。今日、271ページの断片小説集が1冊生まれた。ただそれだけ。始めたときは365日後のことは想像つかなかったけど、今日がその日だ。面白い。3月になったら、頭から通しで読み返して行こうと思う。どうなってるんだろうな。

(2020年2月18日 08:31に書いたものを元に)